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第224号 2009.01.01
機関紙224号
介護職員の人材確保と待遇改善をめざす「介護ウェーブ」が全国で取り組まれています。長野県連では、運動の提起前から「有志の会」を作って活動していた仲間たちがいます。協立福祉会あずみの里の4人の青年職員に、その思いを聞きました。
あずみの里で有志の会が活動をはじめたきっかけを教えてください。
手塚きっかけは職場の主任会議での事例報告でした。特養の利用者さんで、便意・尿意があり、立位介助でトイレに行ける方が、ある日厚手のパットをあてていたのです。どうしたの?と聞くと、笑顔で言葉を濁していてなかなか話してくれない。それでも聞くと「このパットなら3回用を足しても漏れない。自分が3回トイレに行くのをがまんすれば、他の人の所へ行けるじゃん」と言うのです。「呼んでくれればいいのに。そんなに職員は忙しそうに見える?」「うん」
利用者さんが忙しい職員を気遣い、遠慮している。これではいけない、この現実をなんとかしなければ、と思いました。そして08年の2月に有志で「準備会」を立ち上げました。
穂高最初は6人くらいで始めました。09年は介護報酬改定の年なので、とにかく引き下げを止めさせようという一心で、民医連新聞などの切抜きを使って学習しました。
手塚署名も、請願項目を自分たちで考えて作ろうとしていました。でもいったいどこ宛てに出せばいいんだ?なんて。全日本民医連から署名が来るとは知らなかったんです。中信健康友の会にも署名協力をお願いしたら、様子が知りたいというので、8月に介護現場を見てもらいました。そうしたら勢いがついて、冬まで一緒に行動する計画ができました。
穂高職場に署名参加の呼びかけポスターを張りだして、3月頃から署名活動も始めました。毎回10人ぐらい集まって。温泉施設前で健康チェックをしながら署名を取ったこともありましたね。5月からは職場でも署名が始まり、有志の会と2本立てでやっています。
ここまで運動を続けてきた「こだわり」はなんですか?
太田 労働組合の活動でパート職員の待遇改善を求めてきたけれど、正職員だって実は楽じゃない。管理部とだけ話していても、介護報酬そのものが変わらなければ現実は変えられないと感じました。職場内に留まらず、他の施設で働く人たちも巻き込んで、同じ介護職同士、他人任せにしないで自分から動こうというのが有志の会への思いです。
穂高 これ以上介護報酬が下がったら大変なので、他人がどうのこうのではなくて、まず自分からという気持ちですね。
内田 10年前に就職したころはけっこういい給料もらって、ボーナスも出たけれど、だんだん下がって、結婚して家族を養う身としては厳しいです。署名は断られもするけれど、激励もされるからがんばれます。家族の介護を経験した人は必ず関心を示してくれます。
手塚 「○○委員会」とかにしないのが続く理由かも。
介護の署名はおもしろいです。他の署名だと何をしゃべればいいのかわからないけれど、介護のことなら意外と話せます。マニュアルがなくても、日々感じることを話して、署名してくださいっていえばいい。そして一緒に取り組む仲間がいるからがんばれます。帰りの車中で「どうだった?」と意見交換しますよ。
介護の仕事が将来性のある分野として脚光を浴びた頃に就職されたみなさんですが、実際に働いてみてどうですか?現場の様子を教えてください。
内田 「グループホームは、認知症だが自立度が高い利用者が多い」と本には書かれていますが、ここは平均介護度3・4、平均年齢88歳です。利用者9人に対し、正職員は自分1人で他はパート職員。相談がなかなかできないのが悩みです。夜勤は9人を1人でみているので、仮眠は取ってもゆっくり寝られません。
3Fは認知症の専門棟ですが、重度の認知症の方が1人入所するだけで、お風呂などが混乱するので大変です。センサーマット(マットを踏むとコールが鳴る、危険防止の離床センサー)を5~6枚設置していますが足りません。
手塚 本当はセンサーマットは使いたくなかったんです。職員が様子をみに行く機会が減るから。でも骨折でトラブルになるよりはと仕方なく導入しました。徐々に枚数が増えてしまい、今度はコールが鳴っても対応できないと、職員のストレスになっています。お風呂も1人10~15分しかありません。今の職員数では精一杯やっても最低限度の介護しかできないんです。やっぱりここから変えていかないと、自分たちの目指す介護はできません。
現場での思いが介護ウェーブへと向かっているんですね。取り組みへの反響は感じますか?
太田 来年度の介護報酬が少ないけれど上がる見込みと聞いて、やってきてよかったと思いました。
穂高 署名の力は大きい。民医連が提起した介護署名を提出したら「3%アップ」の話が出てきましたものね。
笑顔のステキな4人の仲間たち。どこにでもいる普通の青年。全く気負いがありません。その輝きは、介護という、人の人生に寄り添う人間愛の仕事から生まれ、その原動力はおかしいと思う現実をなんとかしたいと思いから。
みんなが笑顔でいられる介護保険制度に、働く人の苦労が報われる介護報酬の引き上げを求めて、国を動かす大きな運動をつくっていきましょう。
(取材・大見元子/宗田まゆ美)
「平和って何?よくわからないし考えた事もない。平和活動をしたって何も変わらない…」入職当時は、そう思っていました。
ターニングポイントは、07年に広島で行われた全国学術運動交流集会。ここで被害者としての日本と加害者としての日本を知りました。被害者としての話は耳にしていましたが、加害者としての話ははじめてで、衝撃的でした。残虐な事を笑いながらする日本兵の事を知って、気持ちが悪くなりました。
戦争は人殺しを正当化してしまいます。日々病気と闘い、私たちが守っている命を簡単に奪っていきます。そして守った命が戦場へ赴き、人の命を奪い、さらに人間らしい気持ちも人格も変えられてしまうなんて。私達が守ろうとしている命も平和でなければ意味がない事に気づきました。心底、戦争はいやだと思いました。その時、私の中の平和に対する想いが変わったのです。
自分にできる事から始めようと、08年のピーチャリの実行委員になりました。長野から飯田までの県下縦断は、正直、無謀だと思いました。だからこそやり遂げた達成感はひとしおでした。各院所での温かい歓迎に感激し、雨の中を走っている仲間を応援しました。人を思いやり、喜びを分かち合える、こんな充実感は平和だからこそ味わえると感じました。
来年はもっと多くの方に参画してもらい、平和について少しでも考える時間を作ってもらえたらと思います。「ラブ・ピース」を声にするのも意外と気持ち良いもので、平和を訴えるのも恥ずかしい事ではないと思います。皆でやり遂げる達成感を味わいましょう。
私が関わったAさんは、地元の病院で受診した後、大学病院に紹介され手術をしました。その後も定期的な通院が必要となり、大学病院のある他市までバスで通っています。しかし、治療の都合で最終バスに間に合わないため、通院のたびに宿泊が必要なことが多くなっています。さらに、Aさんは目が悪いため、妻の付き添いが必要で、その分の負担も増えます。そのため、妻から「通院の負担が大きくて生活ができない」という話を聞きました。
自分や家族の命を守るために最善の医療を選ぶと、医療費はもちろん通院費等周辺の負担が大きくなるケースはたくさんあります。しかし、通院を支援する制度は少なく、経済的に不安を感じる方は、命をとるか、日々の生活をとるかという選択を迫られます。命のほうが大切だとは分かっていても、命と日々の生活とを天秤にかけなければならない状況は、命が大切にされているとは思えません。
現在の医療・介護制度は、患者・利用者・家族の視点でない考え方によってつくられ、変えられていく気がします。本当に必要なものを利用者の視点で考えてつくっていく国が、命を大切にしている国であり、命が輝ける国だと私は思います。
先日、誤嚥性肺炎を起こされた80代の男性が救急搬送されてきました。救急室に運ばれてきたときには窒息に近い状態で、吸引や酸素投与で息を吹き返し、抗生剤の投与で、肺炎は改善しました。しかし改善後も覚醒が悪く、呼びかけにも反応が鈍く、食事はまったくとれない状態となってしまいました。ご家族の方に今後の栄養摂取の方法を相談したところ、ほとんど反応のないおじいちゃんに胃ろうを作ってよいものかどうか、非常に葛藤されていました。
ちょうどその頃、終末期の医療を考える文章にであいました。「がん患者については、日本でも終末期の緩和ケアという考え方が受容されつつあるのに対し、心不全、呼吸不全、腎不全などの非がん患者では、回復困難な時期になっても、最期まで積極的治療がされていることが多いのが現状です。今後もこのままでいいのか、非がん患者さんにどのように対応することが、患者さんに最善の終末期ケアを提供することになるのか」※
良性疾患の患者さんは最後まで徹底的に治療することになると単純に考えていた私にとって「、非がん患者の終末期ケア」という考え方は新鮮でした。前述の患者さんは「非がん患者の終末期」の状態であったように思います。この方が胃ろう以外の選択をするときに、私たちはそれを選んだことを尊重し最善のケアを提供できるのか。「非がん患者さんの終末期」に、医学的に積極的な治療以外の方法を行うことの価値について、考え、話し合い、共有しておくこと「。命を大切にする」ためには、そのようなことも必要かなと、最近考え始めました。
※九州地区内科専門医による教育セミナー記録「非がん患者の終末期ケア(エンドオブライフケア)について」2007年1月13日より一部引用
上田生協診療所に就職して、2年がたちました。
私は最近、肺がんの93歳の患者さんの死に直面しました。その患者さんは家の事情で、終末期を在宅ではなく診療所で迎えることになってしまいました。
「一度家に帰りたい」という患者さんの希望をかなえようと、カンファレンスを重ね、状態が安定している時に自宅外出しました。亡くなられた旦那さんにお線香を立て、旦那さんの遺影と共に撮った写真には、今までに見せたことがない笑顔がありました。その数日後に亡くなられましたが、穏やかな表情だったそうです。
この方を看護して、私は「限りあるいのちを大切にできる看護」がしたいと思いました。自宅に帰りたいというご本人の希望をかなえるということは、容易ではありません。状態が安定していることや、多くのスタッフの支えが必要です。
現在、看護師は充足されていません。人数が増えれば、もっと患者さんの希望をかなえてあげられる! もっとゆっくり話を聴いてあげられるのに!と思う場面がたくさんあります。患者さんの希望をかなえることができる社会をめざして、私にできることを見つけ、これからも心を込めて看護をしていきたいと思います。
麻生内閣が追加経済対策の目玉にした「定額給付金=2兆円ばらまき」が迷走しています。国民1人当たりに1万2,000円(18歳以下と65歳以上の高齢者には8,000円を加算)を支給するというものですが、08年11月世論調査では6割の人が「評価しない」と回答。暮らしや景気がわずかな給付金で再生できないことを実感している国民との溝は深まるばかりです。「3年後には消費税増税」を明言した麻生首相、税金の使い方、消費税導入20年間の使われ方をみてみました。
- 後期高齢者医療制度を廃止します 2700億円
後期高齢者医療制度への移行によって減った国庫負担を復元、窓口負担を軽減できます - 高すぎる国民健康保険料を1人年間1万円下げます 4000億円 ※
- 生活保護の老齢加算、母子加算を復活します 490億円
- 子どもの医療費を無料にします 1500億円 ※
小学校入学前までの子どもの医療費を国の制度で無料にできます。 - すべての市町村に特別養護老人ホームを新設します 1兆8000億円
10億円で、定員50人・ショートステイ20人のユニット型のものが1つ建てられます。(規模などは仙台市HP参照)
(※は「しんぶん赤旗」08年10月27日付より)
- 新型イージス艦1隻 1,400億円
- 米軍基地への思いやり予算(2008年度) 2,083億円
- 日本からグアム島への米軍移転(再編) 1兆円
三菱東京UFJ・みずほコーポレート・三井住友の3銀行
「高齢化社会のため」「年金・医療など社会保障にあてる」と導入された消費税。
いままた同じ理由で税率アップがいわれていますが…。
「おめでとう!よかったねえ。入職式で待ってますね」看護師国家試験結果発表の日は、看護学生担当者にとって1年で一番長く、そして「合格」の知らせは涙がでるほどうれしい日です。
長野中央病院は、07年度の新卒看護師が7人という厳しい結果を挽回、08年度は21人、09年度も26人となる見込みです。民医連看護の後継者を育てようと奮闘する八井沢しず子担当師長と事務専任の徳武愛子さんに聞きました。(取材・小山秀樹/檀原弘幸)
Q.看護学生担当は民医連独特のものですが、どういう仕事ですか。
A.看護師になろうと思う人は、「人の役に立ちたい」「やさしく患者さんに寄り添いたい」と願っています。その気持ちを大切に、看護体験やさまざまな企画で民医連看護の事例を伝え、学生同士や職員と交流しながら深めていく、というお手伝いをします。そのなかで自分の生き方として「患者さんの立場に立ち、患者さんの要求から出発し、患者さんとともにたたかう」という民医連看護師の道を選んでもらえるようにします。
Q.今年度もたくさんの看護学生が応募してくれましたね
A.試験に来た学生さんに志望理由を聞くと、「看護師さんがとても優しく接してくれて楽しかった」「病院の雰囲気が明るくてよかった」と、高校生1日看護師体験がきっかけという人が多いのが印象的でした。「看護師になろうかな」と夢を持ち始めたときの体験が、数年後に就職の決め手になっています。業務でとても忙しいのに、「いつか一緒に働こうね」と高校生を温かく迎えいれてくれる現場のおかげだと思います。
Q.1日看護師体験はじめたくさんの企画があるようですね
A.高校生、看護学生、奨学生、卒年生にさまざまな企画を行っています。
【高校生】年間200人を受け入れている1日看護師体験のほかに、看護学校受験の援助をする「看護塾」や模擬面接を行っています。また、病院や施設の行事にボランティアとして参加してもらい、患者さんや組合員さん、職員と交流しながら、医療生協や民医連のすばらしさに触れてもらっています。病院の出来事や看護師からのメッセージをのせた「ちゃりんこ通信」を定期的に送っています。
【看護学生】ニーズに合わせた看護体験や実技セミナーの開催、学生同士が楽しく学び、交流するNEFや医学生との企画などを行います。奨学生には、企画へのお誘いをしたり、定期的に学習会を開いています。年4回「リトルナース通信」を発送。卒年生には就職説明会を行います。
Q.看護学生担当として「これが大事!」と思うことは
A.専任で継続してかかわりながら、一つひとつの企画を大切に取り組み、楽しく成功させることです。企画や行事は、民医連や医療生協の良さを伝えられる機会ですが、一度きりではわかってもらえません。忙しい学生さんが"何度も"参加してくれるには「楽しかった」「行ってよかった」と思ってもらえる規模や内容であることが大切なのです。どのくらいの目標にするか、内容はどうかなどには徹底してこだわっています。
Q.学生さんたちにはどんな看護師になってほしいですか
A.長野中央病院は、組合員さんと地域に根ざした病院ですから、患者さんと看護師の距離がとても近いのです。その中で、「患者さんが困っていることを、なんとかしたい」「困難があってもみんなで力を合わせて乗り切ろう」とがんばれる、自分も仲間もキラキラ輝ける看護師になってほしいと思います。
私の入職記
谷口 集子さん(長野中央病院総看護師長・1978年入職)
学生時代、長野協立病院(長野中央病院の前身)で看護体験をしました。そのとき、職員について患者さんのお宅を訪問したことが、とても印象に残っています。ちょうど病院が合併して大きくなる時だったので活気があり、職員も元気で、学生にも優しく、働きやすそうだと思い就職を決めました。入ってからも、研修に出してもらうなど成長する機会を与えてもらい、看護師を続けてこられたと思っています。
早川 瑠美さん(長野中央病院回復期リハビリ病棟・2008年入職)
高校生のときからボランティアに来ていたので、知っている病院で安心感があったし雰囲気がいいなと思って就職しました。それでも病棟に入ったばかりのときは不安でいっぱいでしたが、先輩たちは本当に優しく、時には厳しく。今は楽しく仕事をしています。先輩たちの中には私も学生時代経験したNEFの実行委員を務めた人もいて、親近感が持ててうれしかったです。